なんの腹の足しにもならない

なんの腹の足しにもならない

すべすべの石

 

すべすべの石みたいな気持ちになりたい。肌も心もすべすべな感じがいい。

心のざらざらもピーリングできたらいいのに、ファンデーションを付けてお粉で崩れなくなればいいのに。

心もお肌も常にすべすべな状態というわけじゃない

時々ざらざらしたりつるつるしたりする。

 

恋をしても作り続けたい。これは今現在では叶っている願いかもしれない。恋人は全く違うジャンルの人が良い。これは半分叶っていない願いかもしれない。

恋をしてると良い絵が描けないとか、人の3倍のろまだとか、万人ウケする作品の方が好きだとか、私に言葉の呪いをかける人もいるけれど

すべすべの石みたいな気持ちになって、呪いもさらさらと浸透せずに滑り落としたい。

 

つるつるすべすべの石の気持ちだけ集めていきたい。そうゆう石を作りたい。

わたしの命わたしで終わり。

 

今まで当たり前に結婚して子供が欲しかった。だけど、結婚はしてみたいけどわたしの命わたしで終わりの方がいいような気がしてきたんだよねー一過性の気分かもしれないけど、こんな風に思うのははじめて。

 

子供って元々は自分の細胞から出来てるからなんとなく分身だったり現し身なように思うけれど、一人で外出できるくらいに育てた後はもう完全なる個だからそう考えたらめちゃくちゃこわい。AIが自我を持って人間を滅ぼす的な感覚と同じ。

今まで股から人間ででくるとかまじでこわいって思ってたけど、それでも出産という体験への興味の方が大きくて子供って当たり前に一生に一度産んでみるものだと思ってた。

でも命を繋げる使命感なんて持たなくていい。ビッグダディーに任せる。

大森靖子だって片山真理だって椎名林檎だってお母さんだけど、わたしはきっとお母さんにはなれない。そう思っててもいつかお母さんになるんだろうか。

自分がそもそも親との接し方の正解を見出せないのに絶対親になんかなれないんじゃないかな。

わたしの命わたしで終わり。子供も違う生き物だからどのみちわたしの命はわたしで終わり。わたしの祈りもわたしで終わり。

父も母もすごいと思う。こんなに大きくなるまで育ててくれたし、ちゃんと食べ方も綺麗だし、姿勢こそあまり良くないけれど犯罪者になる予定もないし、当たり前のことだけどそれは本当にすごいことだと尊敬する。

だけどもう個になってしまったわたしは同じ細胞に戻ることはない。

 

この卵子もこの子宮もこの乳腺も出番を迎えることがないのか。

そんなこと言っても人生のうちに一つくらい子孫を繁栄してしまうかもしれない。

何があるかわからないことだけは20年ちょっとで学んだ。それだけ。

 

クローゼットの扉

 

以前、クローゼットの扉が壊れやすかったのに母がいとも簡単に直してしまった。というブログを書いたのですが、その際に「次壊れたら気になる人でも呼んで直してもらいなさい」という雑なアドバイスを頂いていたので、実戦させていただきました。

と言っても恋人にクローゼットを直しに来てよってお願いしただけですが…

このブログだけ読むと前の彼氏と別れて秒で変な彼氏が出来たすごい軽薄な人に見えてるんじゃないかと不安になる。ほんとたまたま変な人とたまたま交際に発展した感じなんで…そんな事言っても他者からのイメージが簡単に変わるとかは思えないけど。

 

読者はだいたい友達か他の媒体もチェックしてくださっている素晴らしき物好きのファンか恋人か元恋人関連の皆様という応仁の乱みたいな感じの読者層を想定してるんだけど、どうなんでしょうか?みんな内情を理解して楽しんで読んでくださっている程なんだけど。

 

「運転免許を取らない理由は免許を取ってしまったらほんとうにどこまでも一人で行ってしまうから。」と言っている友達が私の周りには2人ほど居て、

私にとってクローゼットもそのひとつなのかもしれないと思ってしまう。

きっと私も仕組みさえわかってしまえばクローゼットは何度壊れても直せてしまうんだと思う。

でもそれでは意味がなくて、クローゼットを直してもらう大義名分とか、お礼に紅茶でもいかが?とか、次にクローゼットのネジが緩むまでに自分にどんな風になってるのかなとか、

正直めんどくさくてやりたくない気持ちとか、助手席が好きだから免許取りたくない気持ちとか、雑念がないわけじゃないけれど。

人に何かを頼って、返ってくるのってすごい嬉しいし心地よくて、ただのクローゼットなんだけど、別にクローゼットじゃなくても何かギリギリ出来そうで出来なかったりする事を自分より得意な誰かに託してしまうのって贅沢でファビュラスだと思う。

私は出来ないことが多いから、恋人をはじめ1人で物事をこなせてしまう人を羨ましく思ってしまうけど、しかも色々頼っちゃうけど。笑

軋むベッド以外でも、様々な場所に私は優しさを持ち寄りたい。所存

みんな死ねと思ってた。割と

 

中学に入って美術部でみんな死ねと思いながらドールハウスに絵を描いたりしていた。

中学の頃に組んでいたバンドは親友だったギターの女の子と人間関係がこじれてうまくいかなくなった。その時は私が悪いんだと思いつめて学校もかなり休みがちだったけど、今思えば私はそんなに悪くないと思う。この事が無ければもう少し性格も違っていた気もする。その時が1番苦しかったから、後にその子の名前の歌を作った。

高校生になって美術部で普段アニメみたいな絵ばかり描いてる子達に囲まれてみんな死ねと思いながら油絵と戦っていた。

先生がかなり変わっていたので先生の言うとおりに絵の具をのせるという感じだったし、美術部の周りの子の影響でテニミュにハマってしまった。みんな死ねと思っているわりに全然ストイックではない。当時好きだと言ってくれた男の子をテニミュに夢中すぎるあまり振ってしまったことがある。2人も。ほんとごめんバカで。

曲聴いてハモリの下手さで何代目か当てるソムリエだった。ほんとごめんバカで。

 

大学に入る受験の時も、大学に入りたてで絵を描いてる時もずっとみんな死ねと思いながら絵を描いていた。

 

小学生の時から絵を描く時はいつもみんな死ねと思ってた。割と 

でもそれが描き方だったし、自己防衛のやり方だったのかもしれない。

他のものを作ったり文章を書くようになってからはあまりそうゆう気持ちには不思議とならなくなっていたし、分散させてるのかもしれない。

あるいは20歳になるくらいまでずっと厨二病だったのかもしれない。

ピンクのバカ

 

Twitterを見返すとピンクのバラを三本、3月12日にもらった事になっている。

この辺の記憶はもうほとんど無い。

この辺りに出てくる登場人物はみんな頭がおかしい。無論、わたしも。

薔薇もおかしい。本来なら買うべき人ではない人に買われ、貰うべき人ではない私の部屋にやって来た。

薔薇だってきっとこうなる予定じゃないって思いながら死んだと思う。

ピンクのバカ

 

 

そういえば、3月24日には沢山の種類のピンクの花が入った花束をもらったんだった

嬉しかったしちょっと救われた。

 

だけど、それきり私はお花を部屋に飾るのをやめた。花瓶の水を変えたりする穏やかな心は残ってなかったし、お花を選んで買ったりできなかった。

私に買われるお花はなんだか可哀想だなって思ってしまったし。自分が生きてるか死んでるのか怒ってるのか悲しんでるのか分からなかったし、とにかく焼き尽くさなくてはならない気持ちとの戦い。自尊心の家出。

 

 

それから自尊心は私の部屋に来て私と仲良くしてたと思えば、朝になると忽然と姿を消してしまったり、ふらふらと遠くに行ってしまって。

たまに私のところに帰ってくる。ときには恋人や友人が捕獲して連れて来てくれたり。

もう家出しないでほしい。できれば隣の部屋に住んだりして私と穏やかに暮らしてほしい。

 

 

生まれてはじめて鉢を買った。ローズマリーを植えてみた。鉢に植え替えなんて小学校の授業で桑の苗を植えた以来かもしれない。

私の自尊心も根を張って健やかに育ってほしい限り。

 

猫とミシン

 

すっかり寒くなってしまって私の外出のやる気は冬眠の準備をはじめています。

一方で恋人には仕事の依頼が絶えず、毎日毎日ミシンと向き合っていてなかなか夏の様に会える日が少なくなってしまいました

そこで、会えないことと忙しいことを緩和すべく、冬の間は彼のアトリエにバイトに行くことに…!

(完全に労働という名の労働のはじまりである)

彼はデザインから雑務まで1〜10を1人でやっていて、それは普通に1人でやる仕事量じゃない。(と常々思ってた)

なのでいつも彼を工場と呼んでいました。(まわりからはロボットや機械とも呼ばれていらっしゃいます)

しかしロボットや機械でもなく、やたらと猫好きジジイなのです。

私がアトリエから家に帰るタイミングにあわせて近くの猫スポットに行くみたいなのですが、

必ずオレンジのサコッシュに3種類くらいの猫の餌を入れて猫に会いに行っています。

私はその行為をキャバクラと呼ぶ。

 

私の今後のライバルは猫でありミシンなのである。人類ではない。

猫とミシンなんて、いつから私はジジイどころかババアと付き合っているのだろうか。

 

彼は何でも自分でしてしまう。ミシンのメンテナンスも自分でミシンに穴を開けて油をさす。仕事も小さな雑務からデザインまで自分でしてしまう。

彼の仕事してるとこを見てると、彼が機械って呼ばれてるのがわかる。機械みたいなめんどくささが彼にもある。私が料理に手こずると彼が主導権を握ってしまう。彼のキッチンだから仕方がないけれど、私は少し悲しくなってしまう。素敵な朝ごはんも作れるし、炊き込みご飯も豚汁もルーローハンも上手だし、魔法みたいに服も作ってしまう。(は、女子力が鬼じゃない?)

たまに私居ない方がよくない?とも思う。でも彼の中では違う。らしい

時々人間になってダメダメになったり、彼氏になって優しくしてくれたり、機械になってきびきび働いたり、忙しそう。

 

私は常に人間だから、ぶん殴りたくなる日もある。嫌な事を思い出して涙が止まらなくなったり、どうしようもない不安をこさえたり、特別理由もないのにご機嫌な日もある。

 

 

 

柄になる

 

私の恋人の口癖です。

人のヤバイ出来事や失敗などをすぐにひとコマ漫画みたいな刺繍にしてしまいます。

なので日常の嫌なことや困ったこと、ピンチがあるとすぐに「柄になる」と言います。

ヤバイTシャツ屋さんというバンドが流行ってるみたいですが、私の恋人こそ真のヤバイTシャツ屋さんなのではないかとそう思うのです。

ネガティブな事も馬鹿みたいにひどい事も、彼にとっては全部「柄になる」なのです。

付き合いはじめは、いや付き合う前から「柄になるな〜」「これは柄になりそう」となにかと言ってくるからほんとなんなのその口癖うるせぇよ。と思っていたのですが。

今は慣れたもので、「よっ!今日も出ました!柄になる!」くらいにしか思っていませんが。(名人芸みたいな)

対抗策として「ブログにする」を私は掲げました。(それでいいのか)

だから彼が柄を収集して、彼の奇怪な行動を私がブログにするという…

 

 

私はすぐに気にいらないものとか、怒ったりしていたけど、それは損だから非日常的な状態を楽しんだほうが面白いって教わった。でもそれはどこかで自分がやろうとしてた事だとも思う。浮気されてた元彼の話を名前まで事細かなディテールを友達や見ず知らずの誰かに面白おかしく伝えたくてこんなおかしなブログを書きはじめたんだから。

そして柄になる。

そして焼肉になる。