なんの腹の足しにもならない

なんの腹の足しにもならない

不服と被服

きっと上手く感情が使えたら、絵なんて描かない。

 

地震にパニックになり叫びながら飛び起きた。あまりの怖さに震えてしまった。

地震そのものが怖いという感情と同時に、自分で自分の身が守れるだろうか。という不安が怖かった。

そう思うと、急にナーバスになって家から出ることも戸惑う感じになった。

ニュースを一日中付けてると、だんだんと詳細になってくる被害状況を見てるとさらに気持ちが沈んでしまった。

 

テレビを全く見ないというのは強くて恐ろしい。

テレビを全く見ない人に心配の連絡をすると、全くあっけらかんとして拍子抜けした。テレビがいかに大衆のテンションを統一させているのかが、ちょっと分かる。

しかし、危機管理能力があるけれど危機感が感じられないのは、その人の性格かテレビを見ないからかという所は分からない。

 

揺れる地面とともに情緒も揺れてしまうたちなのに、そんな時に限ってなかなか大切選択も迫ってくる。こうゆう事はまとまってくるのがお決まりなのでしょう。不謹慎だ。

しかし、選択を自分から選ぶ事はあっても貰うことが今までなかった事や、シナリオ通りにいかない出来事が続くとやはり不安や恐怖を感じてしまう。

ただ、怖い気持ちと不安を噛み砕いてみると、悩む時間が無駄な気がしてきた。

私は時間を共有する人を選んだ。

 

 

心理学の事は何も知らないけど、これはきっと心理学の本に名前があるやつだ。と思うと少し不服だった。

 

 

たまには目先の気持ちを。

 

心はこわばってるくせに、頭は痛いので小狡さを発揮してしまった。

ただ今人との距離感の鋭さまでロキソニンで散らしているためか、なんなのか、

 

私がずっと何となく気になっていた事を、顔を引きつらせながら教えてくれた人は話し終わるととても緩やかで臆病な表情に変わり

目の前で見たこのない表情を大量に見てしまうと、相当な大仕事を終わらせているんだろうな、と何故か妙に客観視してしまった私は溶けた氷とミックスジュースの沈殿を混ぜながら、安心した。

 

目の前にいるのは機械すら人扱いするような人だ。

私は人の顔に対して敏感で、飲食店に居ると顔が多くて挙動不審になってしまう。昔から。人の顔を異様に覚えてしまう癖があって、どうでもいい店員の顔なども覚えてしまいがち。だから席の仕切りが甘い飲食店などは

顔、顔、顔、顔、顔、顔

と、すごい情報量が頭に飛び込んでくる。特にその日はアルコールを1滴も飲まなかったから。

そのせいか体調のせいか、安心する話のせいか、あんまり正解じゃないことを口走ったかもしれない。目先には正しかったのかもしれないけれど。

 

毎晩、蛍はもう死んだのだろうか。この数日の寒さで死んでしまっただろうか。と考えてしまう。去年は蛍を多分見ていない。

もうすぐ夏のはずなのに、夜はまだ寒くて半袖だと奥歯がすり減りそうになる。

一年中この変な気温だったらいいのにと思ってしまうのは、今の気分に非常に適しているからかもしれない。

でもずっとこのままというわけにはいかないのでしょう。

これから高確率で暖かくなる。よっぽどな異常気象でもない限り。

それはきっと希望的保留みたいに。

 

 

 

みんなエスパーじゃない。

 

 

 

私は2ヶ月以上前に浮気された。でもそれは仕方のない事として、怒らない努力。忘れる努力。異性をに対する不信感を無くす努力。毎日楽しく過ごす努力。可愛く居る努力。

3年間満喫したぬるま湯から抜け出し毎日沢山の事と戦っています。それは刺激的で楽しくて、決して辛く悲しいものばかりではありません。

浮気されただけって被害者ぶって私にも責任あるだろうって思われるかもしれない。確かにあるかもしれない。あるんだと思う。でも私の問題とかめんどくさい部分から目を背けて向き合ってくれなかった方ががやっぱりよくない。

そんな事をもう怒ったりもしたくない。

日々の戦いの中で

私の心の隙間に入り込もうだとか自分の気持ちばかり押し付けられて私の心を無視する人がいたり

私の男を見る目がないから浮気されたのだ、と私を責める人が居たり

私を引っ張り出して浮気された話をネタに盛り上がりたいからとほぼ面識すらない元彼の友達に意味のわからない飲み会に誘われたり。

2ヶ月以上も前の事なのに。未だに終わりを迎えてくれない。

だけど

私のブログを読んで、会ったことのないファンの方が代わりに怒ってくれたり応援してくれたり。

私の不信感と寄り添ってくれたり一緒に戦ってくれようとしてくれる人が居たり。

一緒に怒ったり笑ったりしてくれる大切な人達が沢山いるって存在を知ることができました。

 

傷つけられてしまって、ただぶつけどころのない怒りだけが膨らんだり。

無神経な発言等に傷つけられても

そんな人間は無価値だから無視しなさいと言われ

うるせぇ黙れ!お前ら全員立て看の下敷きなってくたばってしまえ!の一言も言えず

泣き寝入り一択しかないのかと思ったら心が潰れてしまいそうになって

(結局ここで言ってしまっているではないか。)

 

浮気されても、無神経な言葉を浴びせられても、無視して忘れて明るく前向き生きていかないとそれ以外は不正解なやり方なのでしょうか。ならば頑張ることと我慢することが多すぎではなかろうか。

みんな絶対そんなに強くないはず。傷ついたり怒って、だから私はなんの腹の足しにもならない文章を拵える。黙っているままで私の気持ちを汲んでくれとまでは言いませんから。

 

女の目線の話ばかりではないか、と思われるかも知れません。しかしながら男性の立場というのになった事も無ければなれる事もないので、男性の立場も尊重したいとは思いますが、妄想や憶測で立場を考えられるのは誰しも不愉快だと思うので悪しからず。

 

 

 

クローゼットは壊れない。

 

私の部屋のクローゼットの扉はすぐネジが緩む。

私はクローゼットがどうゆう仕組みになってどう直したら良いのか、という様な事はめっぽう苦手でございます。

 

以前は恋人が居たから、直してもらっていました。でも、ねじを締めても締めても。また2ヶ月もすれば緩んで扉が斜めになってしまう。

別れて10日頃、ネジの緩みはじめたクローゼットを眺めて、もうこの扉は壊れたままなのか。と思っていた頃

 

母がうちにやって来ました。そして、母がクローゼットを直してくれて

 

「でもすぐに緩んでしまうだよね、このクローゼット」と私が言うと

「その時は気になってる男の子にでも頼めばいいのよ」と言われた。

娘にそんな雑な恋愛アドバイスしていいものかとも思うけれど、母は少し変わっているので、母らしい言葉だと思った。

 

あれから2ヶ月以上経った。

クローゼットは全く壊れない。

前の恋人よりも母の方がクローゼットを直すのが上手かったのか、握力が強かったのか、クローゼットは壊れる気配が全くない。

そして私はクローゼットが壊れるのを待っていたら平成が終わる方が先だと悟った。

 

 

 

そもそもクローゼットが壊れたと言って気になってる男の子を家に招き入れる女はちょっときもい

 

 

 

思いがけない事は、夜明けにやってくる。

 

やみくもに絶望していた私に突然ずっと欲しかった言葉をくれたあの空気とあの駅は今でも大切で。

その時も夜明けだった。

帰り道には朝が来ていて、きらきらしてて

この前、それを思い出す夜明けに遭遇した。場所は違うけれど、夜明けの鴨川は朝でもなく夜でもなくぼんやりと明るくて変な形の月がまだはっきりと主張していて、いつも河原で食べ物を横取りするためにぐるぐる飛んでるトンビは水辺で上品ぶっていた。

私達は濡れたシロツメクサの上に座った。

帰り道にはやっぱり朝が来ていて、きらきらのいい天気であの時の感情とか感触とかを思い出して、心がまたこわばった。

 

誰が、とか誰と、とかは関係なく。誰と居てもすぐに心がこわばったり潰れたりする。またそれを恐れて逃げたり、思っても無い事が口からぼろぼろ出てしまう。

歳を重ねるごとに私達は臆病になってしまって皆そう簡単に本当の事を教えてくれないけど

10代の頃みたいに下手に踏み込んだりもしなくて、優しくなったぶんだけ人との距離が遠くて

そのせいか、私は20代の世界では新人だからか、人との距離の取り方は未だ分からず。なのに刻一刻ともう新人とは言えない状況になってきている。

 

もう少し歳をとればもう少し距離の測り方は上手くなるのでしょうか。

「歳をとれば楽になること」は、歳をとってみないと分からない事ばかりだし

「歳をとれば楽になるだろうか」と、思っている自分の不自由なところは

1番不味いおかずみたいに最後まで残っててやんなっちゃう。

 

 

 

 

 

 

恋をやめたら面白くなった。

 

 

そんなに幸せではないけれど

正直、毎日めちゃくちゃ面白い。

私こんなに面白かったっけ、と思ってしまったりもする。

ご飯は誰に食わせるでもないけれど、美味しく作れたりするし

思ったり感じたりすることを言葉にすんなりと出来てしまう今がとても楽しいです

 

恋人が居る状態だけが幸せなのかと言われると決してそうではないけれど、

この3年間は確かに幸せで、それ故わりと作れなくなるし、書けない日々でした。

それが幸せで、悩みでもありました。

たいして作る必要が無かったんです。幸せだったから

 

 

でも恋することを辞めた今、めちゃくちゃ面白い事ができるんじゃないかという超無双モードな気持ちで、そのパワーだけで毎日を生み出しているから面白く過ごしています。

だから色んなお誘いとか、色んな人とお話ししたいと思っております。

このブログに対するご意見でも、文句でもなんでもいいし、どしどし募集中。

 

しかし、ほんとうに不器用なので多分また恋する日々が始まればそれはお休みになると思います。

きっとその繰り返しなのです。是非いつの日か恋をしても生産性を損なう事のないバランス感覚の良い人間になりたいと願うばかりですが。

 

 

でもだからこそお得な人間なのではないか、と考えたりもします。

恋と生産性についての悩みは、多くの生産者女の共通の悩みなのではないかと思うのですが、

恋をしたらそれはそれで幸せ。失ってもそれはそれで面白い。

どっちに転んでも苦しいを伴うけどどっちも楽しくて

それはなかなか生きやすいとは言えないけど、面白い生き方なのではと思うのです。

 

もう少しババアに近づいたらバランスが良くなったりするのでしょうか、はたまた一生この極端な生産性と戦いながら生きてしまうのでしょうか。

そもそもこんなこと悩むことすら無意味なのでは?もっと20代の女の子って要領良く楽に生きてたりして…と思うこともあるけど。

 

 

その辺のブスより楽しくて、その辺の美人より面白い人間であり続けたいと強く思っております。

 

 

 

 

 

またこの話か

 

 

 

夏になったら見たくなるアニメ

そう。ヱヴァンゲリヲン彼氏彼女の事情ですね

 

お前最初のブログも彼氏彼女の事情じゃないか、と思っている方

そうです。また彼氏彼女の事情です。

最初の記事と合わせてお楽しみください。

 

私は普段全くアニメを観ないのですがこの2つのアニメとあとxxxHOLICモノノ怪が好きです。偏った趣味趣向でございます。

 

ヱヴァと彼氏彼女の事情はどちらも庵野監督でほいでもってGAINAXなんですが

 

私が好きになったのは彼氏彼女の事情が先でした。

小学生の時にキッズステーション彼氏彼女の事情の中途半端な5話くらいを観たのですが、なぜかめちゃくちゃ衝撃を受けてなんじゃこのアニメはと感じたのがファーストインパクトでございました。

エンディングの井上陽水のチョイスもなんて素晴らしいんだと思っていました。

しかし詳しく調べて、等する年齢でもなく記憶の片隅にある思い出のアニメになっていました。

 

 

 

それから月日が経ち高校生になってヱヴァンゲリヲンのアニメをはじめて観たら

1話観ると止まらなくなり次の日まで学校を休んで観てしまったほどハマってしまいました。

ちょうどQが公開される少し前だったかと思います。

 

そして大学生になりたての頃

彼氏彼女の事情のアニメをついに全話観たのですが、その時はじめて知ったのです。

この少女漫画アニメが庵野監督だという事に。

どーりで戦闘アニメの様な激しい演出なのだとやっと分かったのです…

遅すぎるのですが。私は小学生の頃からずっと庵野監督が好きだったみたいです。

そこでさらに彼氏彼女の事情の音楽性とかストーリーにハマって私の中でセカンドインパクト致ししました。

 

2年前の記事では有馬くんへの愛をつらつらと書いているのですが

2年前の私はアニメの有馬くんしか知らない女だったのです。

現在の私は漫画の有馬くんも知ってしまってる女になってしましました。知りたくなかった。

 

以下ネタバレでございます。

 

 

有馬くんというのは家庭の複雑な闇を抱えながらも、素で優等生なイケメンで主人公の彼氏です。医者の息子(養子)で剣道のインターハイで優勝もしてしまう人です。

アニメでは若干のヤンデレを醸し出しつつもその洗練されたキャラを保たれていらっしゃいました。

しかしながら、原作の有馬くんの後半のキャラ崩壊具合は凄まじく

めちゃくちゃヤバイ女な実母登場以降有馬くんの精神が崩壊モードで

最終的に図書館で主人公に襲いかかり妊娠させてしまいます。

え、こんなエグい感じの漫画でしたっけ?って言うストーリー展開なのです。

これ本当に花とゆめですか?

もはや治安の悪さが魔法のiらんどじゃん。恋空じゃん。

 

この時の衝撃は本当に忘れられません。

 

 

確かにこれまでのストーリー、主人公の雪野に対する執着や家族に対するコンプレックス等

優等生ヤンデレ彼氏として大いに話を盛り上げてくれていた有馬くんでしたが

有馬くんらしからぬ軽率な暴発的行動で

え、まじで有馬くんヤバイやつじゃん…尊いと思ってたのに一気にヤンキーカップルじゃんつらい。となりました。

これがサードインパクトです。

 

しかも互いの両親が一切揉め事が起きない、手放しに喜んでいる。一悶着あれよ。とち狂ってんな。とそこからは1ページ1ページにぶちギレる私。

 

 

アニメの時はかなり有馬くんを推していてブログにするくらい。天沢聖司以来の逸材として扱ってきた私にとって有馬くんの裏切りは凄まじかった。

やはり、有馬くんの様にやたら正しく生きようとしすぎると人間暴発してしまうのでしょうか。

 

あ、でもアニメはほんとに面白いから見たほうがいいと思う。

 

私はあの漫画からその様な教訓をいただいていたのに…